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玉井 太朗
バックカントリースノーボーディング
スペシャリスト
スノーボードの創世期から伝説的なライディングや活動が知られてきた。
マウントベーカーバンクドスラローム、ワールドエクストリームチャンピオンシップに参加するなど型破りな選手として知られているが、意外にも初期のワールドカップに参加する、全日本チャンピオンでもある。
体感コメント:
私はサプリメントは極力取らない様に心がけているが、時により実験的に体に取り入れる事もする。例えば、ショウガというものが自分の体にどんな影響を与えるのかと考え、ひと月の旅の間に、ショウガを常用してみるといった具合に。
現在、膝関節のケアーのために飲むサプリメント以外にzenは私の常備薬として備えている。
こういったサプリメントは薬と違うイメージから、使用方法の上限を超えて使ってしまう人もいるが、目安通り一日3粒の使用でも、十分な効果を得られ、倒れて寝込んでしまうほど使い切った身体でも、スムースに回復する。自己回復力をサポートする役目を十二分に果たしてくれる。

丸山 隼人
1987年、地元長岡のMELLOWSというショップに出会い、16歳からスノーボードを始める。
20歳でプロに転向、その後ニュースクールの時代で育つ。
主にハーフイプ競技に出場し、プロ初戦優勝など、数回のタイトルを獲る。
1993年以降、競技活動からは離れ、フリーライディングを続ける。
1994年ロシア、シベリア滑走
2000年スイス、クリスタルアワード出場など。
キャンプ、イベントなどの活動も行ない、BXなどコース制作の経歴も持つ。
2010年現在、「BOWL」という、スケートボードにルーツを持ち、サーフ、スノーボード本来のライディングを楽しめるオリジナル地形のテレインパークを考案。

桑原 知美
TOMOMI "SHEESA" KUWAHARA
90年、スノーボードの写真に出会い「これは絶対に面白いから毎日滑りたい!」と北海道に移住、スノーボードを始める
93年の北海道スノーボード選手権ハーフパイプで優勝し94年よりプロに転向
プロ転向後も大会中心ではなくバックカントリー、 フリーライディングの分野で活躍し力強いライディングと長年追い求めて来た切れ上がるカービングや急斜面での安定したターンなど玄人好みのライディングで多くのファンを持つ
95年よりアラスカに通い、7回のアラスカを経験
96年にはアラスカバルディーズで行われたエクストリームコンテスト「KING OF THE HILL」に出場しエクストリーム4位、オーバーオール6位の成績を残す
97年 には同大会「KING OF THE HILL」ニュージーランドで行われた「KING OF THE MOUNTAIN」にも出場
現在も精力的に活動し写真や映像を残し続けコラムやトリップ記事などの文章も手がける。
GENTEM STICKでは10年間唯一のレディースライダーとしてのボードの開発に携わりシグネチャーボード「FALCON」を発売。更に進化した新しいボードも開発中。
「SHEESA RIDING CAMP」を主催し中・上級者向けのキャンプや海外ツアーなども手がけて今年10年目を迎える。的確なアドバイスでステップアップ出来るコーチングには定評がある。
鈴村 アラタ
バックカントリースノーボーダー
白銀の世界に魅了され北アルプスを舞台にトラックを刻むことが僕なりの自己表現でありまた本物のアートだと思う。
SNOWBOARD CROSS Point Ranking 1位を獲得したのちにプロスノーボーダーとして活動を開始。後立山連峰 唐松不帰3峰Aルンゼ、不帰3峰Cルンゼ、唐松不帰3峰Dルンゼ、立山連峰 奥大日岳滑降 (2605M)、黒部五郎岳滑降 (2839M)、剣岳インディアンクーロワール登攀後、大脱走ルンゼを滑降、そして不帰2峰中央ノーズダイブ、白馬岳東壁単独滑降(2932M)を単独滑降する。
素晴らしい島国である日本の山々をスノーボードで滑る事が僕にとって かけがえのない喜びである。

相馬 浩義
日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド
1985年八甲田にある城ヶ倉温泉(現ホテル城ヶ倉)の専属ガイドとして活動を開始。1991年に独立したガイド組織とし、八甲田山認定ガイドくらぶを設立。現在に至る。
ライオ 田原
ISFアジアランキング4年連続1位
'72年、長野県生まれ。
'92年、スノボ歴1年でハーフパイプの大会・イーグルジョウホウカップに初出場しいきなり優勝。'94年、長野五輪ナショナルチームの一員に。'98年、ハーフパイプが正式種目となった長野五輪の出場を逃しプロライダーに転向。プロ1戦目にして優勝。
'98年からアジアランキング4年連続1位。'01年は世界ランキング9位に。
体感コメント:
スイスで標高の高い山でテストしたが普段は寒さと空気の薄さの中で息が上がってしまがその中でもすごくいい形でトレーニングを終えた。僕はすごく風邪を引きやすい体質だけど体調も万全で大会に臨むことができた。
佐藤 彩佳
JSBA公認プロ
07/08 JSBA全日本選手権DU 優勝
JSBA全日本選手権GS 優勝
2008年1月にJSBA公認プロ資格を取得。
更なる飛躍と、夢であったオリンピック出場を目指し奮闘中。
体感コメント:
たくさんトレーニングしてもZENがあれば無敵!!
天然成分だから、体に負担かからないでトレーニングが出来て疲労回復も早いし、筋肉痛も軽減されて最高のパートナーです。

松井 克師
TOYOTA BIG AIR2004 本選出場(日本人予選1位通過)
1971年 北海道生まれ
1990年 スノーボードに出会いはまる
1992年 北海道のスノーボードだけでは物足りずNZへ行き、
それから毎年約15年NZでトレーニングを続ける
1996年 プロに転向
1998年 SONYの「MYST大作戦」というビデオの出演依頼から、
今も現役でビデオに出演し続けている
同年、Trust6Mediaというビデオチーム結成
2002年 NO MATTER BOARDのMCに抜擢
2004年 当時33歳でトヨタビックエアー日本人予選で1位通過
同年、今まで活動してたTrust6Mediaを辞め新たにact pictures結成
そして、今でも活動し続ける
体感コメント:
今までZENを飲んでいなかった時は、結構次の日まで疲れが残ったりしていたのですが、ZENを飲むようになってからは朝起きる時の「シャッキリ感」が全然違います。シャッキリ感というのは俺の勝手な表現ですが、飲んでいると本当に実感できるんです、これが!
体が重いアスリート系の貴方、試してみる価値有りです!
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児玉 毅
ビックマウンテンプロスキーヤー
日本を代表するプロスキーヤーのひとり。「スキーを背負って世界を旅する」をライフワークに、世界中の山々にシュプールを刻み続けている。
19歳のとき、三浦雄一郎氏率いるスキーチーム、ミウラドルフィンズに入門。初めての海外旅行でヘリスキーを経験し、山の世界に感化される。以後、2シーズンに渡るアメリカでのスキー修行を経て、プロスキーヤーに。ビッグマウンテンスキーのワールドツアーを転戦。ファイナル出場。
1999年 国内屈指の難斜面といわれる後立山連峰:不帰Ⅱ峰での厳冬期初滑降
2000年 冒険野郎集団「なまら癖―X」を結成
北米大陸最高峰マッキンリー(6124m)登頂し、山頂からのスキー滑降に成功し一躍脚光を浴びる。
その後、
2001年 ロシア北千島スキー探険
2002年 立山・奥大日岳東壁 厳冬期初滑降
南米大陸スキー放浪
と活動を重ね、
2003年 グリーンランドにて、シーカヤック・登攀・スキーをミックスした遠征を成功させる
2004年 ヒマラヤのメラピーク(6654m)に登頂し、山頂からスキー滑降
2005年 世界最高峰エベレスト(8848m)の登頂に成功
2008年8月にはネパールの未踏峰の登頂&滑降を成功させている。
同時に、スキー専門誌や一般誌などのメディアにて活躍。魅惑的なスキーシーンを映像や写真で記録し発表している。
体感コメント:
極寒の地で、過酷な運動をする僕にとって、ZENを初めて使った時にもたらされた効果は、まさに劇的でした。いつもなら寒い中でパフォーマンスできるようになるまで、少なくとも1時間以上はウォーミングアップが必要だったのに、ZENを使うと最初から体が軽く動いてくれるではありませんか。登るのが楽しく、スイスイ足が前に出ていき、気付けばいつも一緒に登っている仲間を引き離していました。効果の持続力にも驚きました。朝から夕方まで遊んで、帰りの運転までまだ効き目が残っている感じです。こんなに効果があったら、副作用が大きいんじゃないか?と心配したんですが、効き目が切れたあとがとにかくスッキリ。他社のアミノ酸を使った時に感じたような気だるさが全くないんです。
さらに、リロードと併用することで、強度の強い運動をした翌日でも体が重くない! 夜もグッスリ眠れます。
抗紫外線の効果もあるということで、強烈な紫外線にさらされるスキーには、いいことだらけです。ZENのお陰で、今まで以上に楽しくスキーができ、毎日ハードな活動をする僕にとって強力な味方です。
藤川 健
テレマークスキーヤー
一年中雪を追い求め、日本の冬とニュージーランドの冬を行き来して10年以上。バックカントリー、パウダーからレースまで、スキーのあらゆる楽しみ方を追い求めるテレマーカー。また、2006年より山岳スキーレースにも挑戦中。
そして、ゲレンデやレースでのスキーだけではなく、ニセコとNZでの経験を生かし、山での活動も積極的に行う。
2009年秋には登山家栗城史多のサポートのため、ベースキャンプマネージャーとして2ヶ月間ヒマラヤ・マナスルへ遠征。標高5,000〜6,000mの高所でのスキー滑走も行った。
その他、バックカントリーやパウダーなどで多くのフォトグラファーとセッション。スキー雑誌などにスキートリップなどを寄稿するなどの、執筆活動も行いながら、スキーや自然の楽しみ方を広く提案し続けている。
年間滑走日数は200日以上、つねに雪上に立ち山を滑り続けることで、自らの技術向上と幅広いスキー活動に努めている。
2010年の山岳スキーレース世界選手権への出場も確定している。
NZSIA STAG2 テレマークスキー インストラクター
2001年よりテレマークレースのW-cup,世界選手権に出場。2007年はスイスでの世界選手権に出場
2003〜7年 TAJテレマークシリーズレース5年連続総合優勝
2003〜5年 NZテレマークレースシリーズ3年連続総合優勝
2008年スイスで行われた山岳スキーの世界選手権に出場。また、同年の山岳スキー日本選手権で優勝。
テレマークスキーとは違うジャンルのスキーでも日本一のタイトルを獲得
2009年 山岳スキー日本選手権優勝 2連覇達成
2007年 山岳スキーレースアジア選手権4位
SAJ指導員(2003〜2006年北海道デモンストレーター認定)

鈴木 彩乃
基礎スキーヤー/アルペンスキーヤー
1995年・小樽双葉高校入学し3ヶ月後、アメリカバーモント州・バークマウンテンアカデミー校へスキー留学(留学中にヨーロッパオーストリアでスキー修行もある)。 1998年右足前十字靭帯損傷。 1998年6月バークマウンテンアカデミー校卒業。1999年スキー業界を去る。 2004年夏、井山敬介さんとの再会し、『スキーをもう一回しようよ!』を切っ掛けに再びスキーをはく。 2005年また、我満嘉治さんと出会い、スキーにもっとはまり、もっと楽しくスキーをする為には、技術が必要だ!と頭に浮かび、我満さんを通して技術選に興味を持つ。 2006年春には、児玉毅さんとの出会いを切っ掛けに『山系ってやばい!あつい!』と知ってしまい、雪山遊びにはまる。
そして2007年、三浦雄一郎&スノードルフィンに所属する。ドルフィンでのレッスンの合間に出会いが出会いを呼び今現在のチームホンダ隊長本多道宏さんと出会い、昨年度夏、チームホンダ隊の一員として入団し、人生初のヒマラヤ未踏峰登頂&世界初スキー滑降を成し遂げた。
北海道のスキー仲間とスノースポーツミーティングというものを立ち上げ、スノースポーツの楽しさを伝える活動もしている。
1992年 全道ジュニアアルペン大会(GS1位)
1995年 全国中学生スキー大会(GS2位・SL7位)
ジュニアオリンピックス大会(SG1位)
北海道選手権大会(GS1位)
世界ジュニア大会ウィスラーカップ(SG2位・GS1位・SL4位)
1997年 全日本スキー選手権大会( DH1位・SG1位・)他。
その後全日本ナショナルjrチームに入り、FIS、
ヨーロッパカップ、世界の大会などを転戦。当時16歳
1998年 長野オリンピック・アルペンスピード系候補選手他
2007年度・初全日本スキー技術選手権大会28位
2008年度・全日本スキー技術選権大会14位
2008年度・8月5日(現地時刻7時59分)ヒマラヤ・未踏峰登頂&世界初スキー滑降。(チームホンダ隊)
2009年度・全日本スキー技術選手権大会11位

秋庭 将之(AKIBA MASAYUKI)

大雲 芳樹
バックカントリーガイド
登攀縦走、山岳スキーなど幅広いフィールドをこなす。志賀高原、立山、白馬、谷川、穂高など数多くのルートに足跡を残し、大自然の魅力を伝える。
日本山岳ガイド協会上級登攀ガイド
全日本スキー連盟 正指導員 B級検定員
長野県自然観察インストラクター
藤沢市スキー協会理事
1998年冬季オリンピック長野大会競技役員

大瀧 悠佳
基礎スキーヤー/アルペンスキーヤー
3歳でスキーを始め、競技スキーヤー(アルペン)として、数々のメジャー大会へ出場。
東京都代表として、基礎スキーの大舞台である技術戦にも出場。
SAJ1級ライセンスを持ち、所属チームであるUSMRではスクールコーチを務める。
また、2003年にミスコロナビール&ミステクニカル、2005年にはミス苗場にも輝き、夏のオフシーズンの間にはモデル活動をもこなす。

山田 大起(やまだ ひろき)
スキージャンプ
荻原健司氏に憧れ小学校6年でノルディック複合競技を始めるが、中学2年でスペシャルジャンプに転向。
飯山南高校時代にインターハイ2連覇(2000、2001年)。
高校卒業後の社会人1年目にW杯で日本人最高の4位に入賞、一気にソルトレイク五輪代表の座をつかみ「シンデレラボーイ」と称される。
<主な成績>
2002年ソルトレークオリンピック
個人ノーマルヒル 33位
団体ラージヒル 5位(原田雅彦、山田大起、宮平秀治、船木和喜)
スキージャンプ・ワールドカップ
2000-2001シーズン
オーベストドルフ大会(2001年)(ジャンプ週間1戦) 11位
ガルミッシュ・パルテンキルヘン大会(2002年)(ジャンプ週間2戦)4位
インスブルック大会(2002年)(ジャンプ週間3戦)13位
ウィリンゲン大会(2002年)24位
ウィリンゲン大会(2002年)団体4位
白馬大会(2002年)ラージヒル4位
札幌大会(2002年)ラージヒル7位、団体2位
(宮平秀治、山田大起、葛西紀明、船木和喜)
ラハティ大会(2002年)29位
2003-2004シーズン
クーサモ大会(2003年)10位
クーサモ大会(2003年)11位
ノイエシュタット大会(2003)25位
エンゲルベルグ大会(2003年)23位
オーベストドルフ大会(2003年)(ジャンプ週間1戦)27位
ビショフホーヘン大会(2004年)(ジャンプ週間4戦)30位
2004-2005シーズン
札幌大会(2005年)12位
2005-2006シーズン
札幌大会(2006年)26位
2008-2009シーズン
札幌大会(2009年)30位
コメント:
自分は現在27歳です。頑張って35歳まで競技をトップ選手としてやりたいという目標があります。25歳ぐらいから一年でも競技を長く続けたいと真剣に考える様になりました。厳しいトレーニングを重ねる事も重要ですが、一番は体のケアをしっかり行う事だと思っています。今回ご紹介頂いた事は大変感謝しております。
今シーズンはオリンピック出場は出来ませんでしたが、現在のスポンサーとの来期の契約も先日決まり、トレーニング環境もこれまでないサポート体制になります。4年後に向けてはこの1,2年が勝負になります。そのために是非自分に力をお貸し頂きたいと思います。宜しくお願い致します。









